【邦訳作品】ノーベル文学賞クラスナホルカイ・ラースローの日本語訳

はじめに

ハンガリーの作家クラスナホルカイ・ラースローは、ノーベル文学賞受賞作家であり、『サタンタンゴ』などの代表作を通じ、終末的モチーフと人間心理を描く。日本語で読める邦訳作品も限られるが、文学愛好者にとって重要な存在であり、ハンガリー文学の魅力を深く伝える作家である。

目次

ニュースまとめ

ノーベル文学賞、ハンガリーのクラスナホルカイ・ラースロー氏に授与

スウェーデン・アカデミーは2025年10月9日、ノーベル文学賞をハンガリーの作家 クラスナホルカイ・ラースロー氏に授与すると発表した。 授賞理由は「黙示録的な恐怖の中で芸術の力を再確認する説得力に満ちた先見的な作品」である。

クラスナホルカイ氏はハンガリー南東部ジュラ出身で、 1985年に発表した代表作『サタンタンゴ』で注目を集めた。 この小説は、共産主義崩壊直前のハンガリーの田舎を舞台に、 貧困と絶望の中で生きる人々を力強く描いている。

同国からのノーベル文学賞受賞は、2002年のイムレ・ケルテース氏以来、2人目となる。

クラスナホルカルカイ・ラースローの代表作とその特徴

クラスナホルカイ（László Krasznahorkai）は、密度の高い文体、長文・分割の少ない文章構造、不条理・終末的モチーフや崩壊のテーマを一貫して持つ作家と評される。 以下では、主要作品のいくつかを取り上げ、そのあらすじ・主張的側面・特徴を記す。

『サタンタンゴ』（Sátántangó, 1985）

あらすじ・内容概要

ハンガリーの田舎の集団農場（コルティュル共有体のような場所）が舞台となる。 共産主義体制下、あるいはその崩壊期にあって、住民たちは荒廃と不安の中で日々を生きている。 物語は緩やかに進行しながら、過去の事件・人間関係・疑心暗鬼・裏切り・虚構と現実が交錯する様を描く。 “死んだはずの男”が帰ってきたという出来事をきっかけに、村人たちの心理や行動が揺らぎだす。

主張・テーマ・特徴

• 時間の拡張性と停滞感の強調：長大な時間、反復する日常、無為の描写を通して存在の陶酔と苦悶を対置させる。
• 虚構と現実の境界の曖昧さ：村人たちは幻想や希望、思い込みに翻弄され、何が「現実」か見失いがちになる。
• 構造としての循環、閉塞性：登場人物は動きながらも出口を見出せず、世界は円環的に閉じるような印象を与える。
• 文学・寓意性の強さ：政治的・社会的寓意を孕みつつ、個人の苦悩・存在論的問いを深く掘る。

『抵抗のメランコリー』（Az ellenállás melankóliája, 1989 / 英訳 The Melancholy of Resistance）

あらすじ・内容概要

とある地方都市に、謎のサーカス団が到着する。展示物は“世界最大のクジラの剥製”のみで、それ以外の見世物はないという。 サーカスの到来を契機として、都市では噂・妄想・暴力性・不協和的な空気が広がる。 住民たちは揺らぎ、不安と防衛欲求に駆られ、秩序の崩壊がじわじわ進んでいく。 軍や行政の介入も空振りし、暗黙の支配・陰謀・権力志向が蠢く。

主張・テーマ・特徴

• 寓話性・象徴性：クジラの剥製やサーカスの神秘性は、巨大な外部の力・制度・イデオロギーを暗示する記号となる。
• 権力と群衆の緊張：個人が不安・恐怖に駆られて、秩序への帰属や防衛を求め、その過程が支配構造になりうる。
• 崩壊と再編：既存の秩序が揺らぎつつも、人々は再び秩序を模索しようとするが、その再編もまた不安定なものになる。
• 文体・語りの流動性：話者や視点が滑らかに移行し、断絶なく語られる長文で、読者を没入的な読みの状態へと誘う。

『War and War』（Háború és háború, 1999）

あらすじ・内容概要

ハンガリーの田舎で働く書庫司書（アーカイブ職員）コルリム（Korin または Korim）が、ある古い叙事詩的な写本を発見する。 その内容は戦争から帰還しようとする兄弟たちの物語を語っており、それを発表すべきだという使命感を抱きつつ、 コルリム自身は絶望・自殺願望にも苛まれている。 しかし彼は、その写本を完成させ広めるため、ニューヨークへ向かい、インターネットを介した公開を目論む。

主張・テーマ・特徴

• 境界・越境：故郷と異郷、過去と未来、ローカルとグローバルといった対立構造が交錯する。
• 文学的使命感・強迫観念：作者的・語り手的な使命感、言葉による救済・記録への渇望がみえる。
• 内部的な混乱と世界の不条理性：主人公の精神的苦悶を通じて、現代社会の不確実性と文明的矛盾を浮かび上がらせる。
• 文体的実験：文の連続性と断絶の間を揺らぎながら、読者を引き込む語りの密度を保つ。

『バロン・ウェンクハイムの帰郷』（Báró Wenckheim hazatér, 2016 / 英訳 Baron Wenckheim’s Homecoming）

あらすじ・内容概要

アルゼンチンに亡命していたバロン（貴族）ウェンクハイムが、莫大な借金と破産を抱えて故国ハンガリーに帰還を試みる。 彼は帰国する列車の中で多くの思いを抱え、帰郷後、かつての地との関係、過去・記憶・社会とのずれを引きずる。 地元住民・政治的状況・文化的対立との折り合いを模索するなかで、バロンの存在は変貌していく。

主張・テーマ・特徴

• 帰還と喪失のモチーフ：故郷に戻るという行為が、過去との断絶、変化、帰属意識の再確認を問い直す手段となる。
• 社会の断片性と個人の矛盾：主人公と周囲とのズレ、過去の残滓、階級・権力関係が交錯する。
• 語りうるもの／語りえないもの：記憶や存在、歴史に対して語ることの限界を意識的に扱う。
• 語言と時間の操作：時間軸の揺らぎ、語りの跳躍、記憶の断片反復を通じて、現実と内的世界を交錯させる。

その他の作品例と特徴的作品

• 『天空の下での破壊と憂愁』（Destruction and Sorrow Beneath the Heavens, 2004） — 広域な視点と文化横断性をもって、人間の悲嘆と文明の衰退を描く。
• 『Seiobo There Below』（Seiobo járt odalent, 2008） — 芸術・東アジア文化・宗教的思考をモチーフに、神秘性と崇高性を探る作品。
• 『Herscht 07769』（2021） — 小さな町で起こる奇妙な出来事を通じて、恐怖と疑念が日常を覆い尽くすさまを描く。

全体を通した主張・共通テーマ

クラスナホルカイの作品群には、以下のような共通的な思想・構造的特徴が認められる：

• 終末観・破滅性：多くの作品で、社会・個人を覆う不安や崩壊感、黙示録的なモチーフが繰り返される。
• 個人と秩序の狭間：主人公たちはしばしば孤立し、秩序・制度・集団との軋轢のなかで自己を問い直す。
• 語り／文体への意識：非常に長い文、断片的視点移行、語りの持続力を重視する構造を通じて、通常の物語形式を揺さぶる。
• 寓意性と象徴性：現実社会の政治性・歴史性を背景に、象徴的要素（サーカス、帰還、荒廃など）を用いて普遍的な問いを立てる。
• 美と絶望の共存：暗鬱なモチーフのなかに、詩的・崇高的瞬間を挿入し、絶望と美の緊張関係を浮かび上がらせる。

クラスナホルカイ・ラースロー 邦訳作品の書誌情報

現在確認できている邦訳作品は非常に限られています。下記はその代表例です。

『北は山、南は湖、西は道、東は川』（A Mountain to the North, a Lake to the South, Paths to the West, a River to the East）

• 著者：クラスナホルカイ・ラースロー（László Krasznahorkai）
• 訳者：早稲田 みか
• 出版社：松籟社（しょうらいしゃ） 紀伊國屋書店
• 発行年月日：2006年2月28日 BOOKOFFオンライン
• 書店発売日：2006年3月5日 版元ドットコム
• 判型：B6判（上製） ヨドバシカメラ
• ページ数：153ページ ヨドバシカメラ
• ISBN：978-4-87984-238-1 ヨドバシカメラ
• 備考：現在は品切れ・重版未定の状態とされている 版元ドットコム

備考・その他情報

• この邦訳は、クラスナホルカイ作品の中でも特異な例であり、他の代表作（例：『サタンタンゴ』『抵抗のメランコリー』など）の邦訳は確認されていません。
• 紀伊國屋書店のノーベル文学賞関連情報にも、この邦訳『北は山、南は湖、西は道、東は川』が紹介されており、重版未定とされています。 紀伊國屋書店イベントページ
• ネット上の情報や書評などでは、「邦訳されているのはこの一作のみである」という記述も見られます。 note記事

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